今でこそよく聞くようになった「ほったらかし投資」ですが、この考え方が初めて提示されたのが2010年に出版されたこのほったらかし投資術の初版でした。
ほったらかし投資術の元祖である本書は、2010年に提示した考えをスタート地点に、2022年現在どのような考えになっているのか、その最新事情をできる限り端的にまとめた著書となっています。
Contents
オススメ対象者
本書は著書名にもなっている通り、ほったらかし投資、すなわち「インデックス型投資信託に積立の設定をしてあとはほったらかしにする」という投資方法の考え方と実践方法を述べています。
したがって、基本的には「インデックス投資のことを知りたい人」向けの書籍となっています。
そうしたインデックス投資向けの著書としては、共著者の一人、水瀬ケンイチさんの著書である「お金は寝かせて増やしなさい」が有名ですが、そうした「最初の1冊に最適!」と言うべき書籍と対比すれば、
- インデックス投資を実践している個人投資家
- 自分の考えをもう一段はっきりさせたい中級者
がオススメ対象者になるでしょう。
端的に言うならば、「既にインデックス投資を実践している人が自己点検するのに最適な本」という印象です。
後ほど詳しく触れますが、本書は基本的に字だけで構成された新書であり、新書らしく端的で言い切り型の言及が特徴的な文体となっており、やや理解の難しい部分があります。
もちろん、本書を1冊目として単独で選んでも大いに学べる部分はありますが、内容的には「凝縮された」1冊であるため、初心者向けというよりは初心者を抜け出して自分の考えをはっきりさせるような、中級者向けの1冊と言えるでしょう。
概要
冒頭でも触れたように、本書は2010年に出版された「ほったらかし投資術」の第3版です。本書は
というように、10年以上にわたって著者たちが考えてきた内容、そしてここ10年の間に起きた個人から見た投資環境の変化を踏まえ、2022年時点の集大成としてまとめられた1冊です。
個人のインデックス投資家として無類のキャリアを誇る水瀬ケンイチさんと、経済評論家であり楽天証券のアドバイザーを務める山崎元さんのコンビによって、ある種ミクロな個人投資家の目線とマクロな経済評論家の目線が共存する内容になっており、短くも濃密な内容となっています。
それでは、本書において印象的だった部分を抜き出しつつ、内容を概観してみたいと思います。
「統一見解を打ち出す」
本書は2010年から始まるほったらかし投資術のDNAを受け継ぎつつ、その性格が実は第2版までとは大きく異なっています。
そのことがまえがきで端的に書かれているので少し引用します。
今回、著者達は、過去の2版以上にこの条件を突き詰めて、統一された見解を打ち出すことを目指しました。過去の2版では、幾つかの問題について「山崎は○○のように考える、水瀬は△△のように考える」といった両論併記があったり、運用商品について「……と考える人は○○、……と考える人は△△」といった複数の選択肢の提示があったりしましたが、今回は、「かくかくの理由により、コレ!」と結論を一本化することを大方針としました。
まえがき より
なんのこともなく書かれているこの一節ですが、個人的にはとても意欲的なチャレンジだと思いました。
山崎元さん、水瀬ケンイチさんの発言や寄稿記事はよく拝見していますが、安易に断定的な物言いをすることなく、極めて公平かつ理性的な考えを持たれている方々です。例えば山崎さんの発言としては、「全世界株への投資が90点だとすれば、米国株への投資は80点か85点くらい」のように、「大きな差はないので好みの問題」というような言い方をよくされていました。
そのため、いかに前提をはっきりさせるとしても、結論の一本化を行って本書を構成するという方針には、読み始めてすぐ大きな驚きがありました。
このあたりの「なぜ統一見解を出そうとしたか」については、山崎さん・水瀬さんそれぞれのPRからもよく伝わってくるので、興味がある方はこちらも合わせてご覧ください。
- 山崎さん:【書籍紹介】『全面改訂 第3版 ほったらかし投資術(朝日新書857)』の著者メッセージ(YouTube)
- 水瀬さん:【全面改訂 第3版】ほったらかし投資術(山崎元・水瀬ケンイチ共著)発売!(梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー)
投資は「やると有利だと思った人がやるもの」
結論を一本化するのが大方針であったとしても、その結論を読み手が受け入れるためにはいくつかの前提条件を必要とします。
そうした前提条件としてのほったらかし投資術の基本思想に「やると有利だと思った人がやるもの」というものがあります。
投資をしていると、あるいはしようとすると、どうしてもリターンの裏返しとしてのリスクが気になり、心配してしまうことがあります。
一方で、「これからの時代、投資しないとダメ」というような言説もよく見かけますから、投資をしないことにもそれはそれで心配が付きまといます。
人間というものは意外と「何もしない」ことに耐えられない生き物ですから、そうした心配があった場合には、「やらないよりはやろう」という方針で、そもそもの是非のところをあやふやにして歩き始めることがあります。
もちろん、この態度自体はつみたてNISAなど、投資の入り口において「まずは少額から始めてみよう」というようなフレーズとともに推奨されることがありますが、やはり投資でリターンが得られるのはリスクがあるからに他ならず、なんとなく始めたとしてもいつかは向き合う必要がある問いかけです。
特に本書のほったらかし投資術においては「上げ相場も下げ相場も、全部付き合うつもりで長期投資しよう」というスタンスが述べられています。下げ相場の中でも投資を継続できるよう、自分のスタート地点であるそもそもの是非の部分においては、「有利だと思うから自分の意志でやるんだ」とハッキリさせることは、長く投資と向き合う上では避けられないことでしょう。
「長期・分散・低コスト」の「腹落ち」
本書が指南するほったらかし投資術は、手段そのものとして難しいものではなく、そしてそれを支える思想としても理解が難しいものではありません。それが、
- 長期
- 分散
- 低コスト
です。これを呪文のように繰り返し、自分の投資行動がこの方針に則しているかと自問自答し続けるわけです。
しかし、そうした「理解が難しくない」ということの裏返しには、「腹落ちが難しい」という側面があります。
自分で長い時間をかけて考え抜いた結論は、自分の血肉となりじっと留まり続けると思いますが、この短いフレーズ、「長期・分散・低コスト」がどこまで留まってくれるかというと難しいところです。
もちろん本書では、なぜこのフレーズがそこまで大事なのかということを、山崎さんのアカデミックな視点と、水瀬さんの地に足付いた経験の視点でぐっと踏み込んで解説しています。
この呪文を紹介したすぐ後に、こんな文章が続きます。
さて、仮に「投資とは何か?」と正面から問われたら、著者達は「リスク・プレミアムのコレクションだ」と答えたいと思います。
第5章 「ほったらかし投資」実践の勘所 より
投資は、自分のお金を「資本として」経済活動に参加させて利益を得る行為です。その過程で資本に対して形成される価格に「リスク・プレミアム」(第2章「許容できる損失」をどう決めるのか?)が織り込まれることが、無リスクの預金などの資産よりも高いリターンが得られる源泉なのです。
いかがでしょうか。かわいいチワワのように取っつきやすかった「長期・分散・低コスト」のキャッチフレーズのすぐ先に、こうした獰猛な虎のような文章が続きます。
私自身はこうした文章も抵抗なく読めるため、なるほどと思って読み進めることができましたが、人によってはどうにも内容がピンとこず、読み飛ばしてしまうこともあるでしょう。
しかし、このあたりの部分をいかに「腹落ち」するかどうかが、「長期・分散・低コスト」の約束をどんな時にも守り続けられる錨のような存在になってきます。
理論的に言ってこうだという山崎さんらしい視点、実際のシチュエーションにしたってそんな上手いことできないという経験を語る水瀬さんらしい視点を混ぜ合わせ、「現実を考え抜くとこうなる」という形で見解の統一を図ったところに、本書最大の価値があり、そしてまた1つの主張として面白いところだと感じます。
現実に全力投球した一冊
この本を通じて思うのは、とにかく「現実を考え抜いた一冊」であるということです。
まえがきでも触れていたような、第2版までが抱えていた(あるいは、大事にしていた)両論併記のようなスタンスは、それはそれで現実的なように感じられます。
投資に対する向き合い方・実践方法は、当人の置かれている状況や考え方に左右されますから、いくつかのパターンに分けて述べるのは非常に公平で、納得感のある物言いだと思います。
一方で、それはある種、結論をうやむやにするような側面もあるわけなので、人によっては「じゃあ結局どっちなの?」と思える部分もあります。
そうしたふわっとした部分を排除し、それなりに強い前提を置きながらも、「著者たちの考えはこうだ!」と力強く打ち出したのは、山崎さん・水瀬さんが見た現実に対して全力投球したものであると感じます。
第6章 よくある質問にお答えします
そうした「現実に全力投球」というスタンスは、最終章である第6章にもよく表れています。
それまでの5章を使い、理論的に、それでいて現実的に「長期・分散・低コスト」の有効性やその実践について説いてきましたが、それでもなお読者の疑問をすぐに解決することは難しいでしょう。説明者の視点と、聴講者の視点は違いますから、ピンポイントに理解の穴を埋めることが必要です。
そうした理解の穴をことごとく埋めていくのが第6章で、このあたりは水瀬さんが長年続けてきたブログやTwitterの活動がとてもよく活きているように思います。まさにその地に足付いたところから、「痒い所に手が届く1冊」であるとも言えるでしょう。
具体的なQ&Aはぜひそれぞれ味わってみてほしいところですが、個人的に好きな例を1つ紹介します。(表現は簡略化しています)
Q. まとまったお金がある場合は一括投資したほうがよい?
第6章 よくある質問にお答えします より
A. まとまったお金は一括投資が合理的になるケースが多いと思います。
(略)
ここで、まとまったお金があるけれどなんとなく積立がいいのではないかと考える人たちが、「一括投資の直後に相場が暴落したらどうするんだ?」などと言ってゴネる姿をよく見かけます。でも、その人は積立がよいかもしれないと思う程度には「投資タイミングが分からない」という前提の人なので、必然的に機会損失が最も小さい一括投資するのが合理的となります。
このやりとりは端的に言うと
- 一括投資がいい?
- 理論的には一括投資がいい
- でも理論的にはすぐ暴落がきたら損では?
- そもそも貴方は「投資タイミングがわからない人」だからこそ悩んでいますよね?
- だとすると「暴落がくるかも」と待っている間にどんどん投資機会を失って損ですよ
という流れになっていて、一括or積立でウンウン悩む人をピシャリと打つような回答です。
「この問いを持っている時点でなおさら一括投資が有利」という結論を出しているあたりに、現実的な姿勢がよく表れていますね。
まとめ
昨今のSNSの発展に伴い、情報流通の世界では短く断定的な物言いが好まれるようになりました。個人の価値観の違いはあれど、情報の洪水とも称される現代では、そうでもしないと何を受け取っていいのかすら分かりづらいところに入ってきたのでしょう。
そうした世相の中では、「ほとんどの場合Aだと言えるが、Bになるケースもある」という両論併記な物言いはウケにくい側面があります。だからこそ、細かいところを抜きにした「正しいけどそれだけでは納得感に欠ける」ような耳障りのいい主張が人気を博すケースがしばしば見受けられます。
しかし、そうした薄いメッセージはこの二人の流儀ではないため、理論的な説明を一切怠ることなく、それでいて簡潔な統一見解にチャレンジした本書は「一周回ってこうである」というインデックス投資家あるあるな考え方を味わい尽くす、初心者を脱した中級者にこそ堪能できる一冊であると感じました。
そして最後の一押しですが、この本Kindle版で定価660円とすごく安いです。
だから買うべきというわけでもないですが、第6章のQ&A集だけでもお釣りがくるくらいのものだと思いますし、1年に1回この本を読み返してほったらかし投資の自己点検をするなど、長く使い続けられる1冊になるでしょう。文句なくオススメの一冊です。
参考記事
本書はいわゆるインデックス投資を学ぶ一冊ではありますが、説明した通り内容のレベルとしてはやや中級者に寄っているところがあります。
全くの初心者としてインデックス投資のスタート地点に立ちたい場合は、水瀬さんの著作「お金は寝かせて増やしなさい」が向いていますのでそちらも調べてみるとよいでしょう。
いずれもほぼ同じような内容ですが、より新しく・より初心者向きという観点ではマンガ版がオススメです。