書評: マンガ お金は寝かせて増やしなさい

初心者向けインデックス投資本では、代表的なものに2017年に出版された水瀬ケンイチさんの「お金は寝かせて増やしなさい」がありますが、そのマンガ版が2021年12月に出版されました。

原著版も以前に読んでいましたが、こちらのマンガ版についても読んでみました。原著が言わんとしたメッセージはそのままに、マンガを挿し入れることでより読みやすくなった一冊です。

オススメ対象者

さて、原著の書評においてはおススメ対象者を

投資に興味を持った若い初学者
リスクは抑えたいが、投資活動に手間はかけ続けられない人

書評: お金は寝かせて増やしなさい より

というように評していました。本書、マンガ版においても主たるメッセージは原著版と変わりませんので、オススメ対象者の考えもほぼ同様なのですが、あえて差をつけて対象者を選ぶのであれば、

  • 投資に興味を持った “活字が苦手な” 若い
  • インデックス投資の考えを一通り身に着けたい人

という印象を持ちました。マンガ版とはいえそれなりに文章量のある本書ですが、マンガによって少しでもハードルを下げたい人にとってはこちらがオススメです。

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概要

冒頭でも記載した通り、本書はインデックス投資ブロガー、水瀬ケンイチ@minasek)さんの著作「お金は寝かせて増やしなさい」のマンガ版です。実際には、マンガ版と言いつつ1:2くらいの割合で文章があり、マンガ部分はストーリーやキーメッセージを具体化する挿絵のような役割を果たすようになっています。

原著版は水瀬さんがインデックス投資を15年続けた時点での著作となっていましたが、今回はそこから5年が経過したインデックス投資の20年を踏まえた内容となっています。

それでは、印象的なポイントを挙げながら、本書の内容を振り返ってみたいと思います。

“マンガ版” に寄せた想い

内容に入る前に、巻末のあとがきに触れておきたいと思います。

拙著『お金は寝かせて増やしなさい』が2017年12月に刊行されてから、予想以上に多くの方々に読んでいただき、2021年5月には17刷13万部を超えました。出版社の担当編集さんと10万部突破を目標にがんばってきたので、めでたく目標達成となりました。

しかしその一方で、対象読者像として想定していた20~30代の若者世代はあまり本を読まないいわゆる「活字離れ」が進んでいるという現象が進行しています。どんなに入魂の本を書いても彼らには届かない。彼らにもインデックス投資による資産形成が決して難しくないということを伝えたい。そう思い、出版社に『お金は寝かせて増やしなさい』のマンガ化を提案し続けてきました。

『マンガ お金は寝かせて増やしなさい』刊行に寄せて より

このあとがきにこそ、本書の性格がよく表れています。

本書を一読して率直に思うのは「原著版と内容が変わらない」ということでした。もちろん、15年実践記が20年実践記に改められるなど、時間の流れを汲んだアップデートはありますが、原著版での考えは5年経った今でも色褪せず、変わらないからこそ、根底を流れるメッセージに大きな違いはありません。
そうした点を指して、「原著版を読んだほうがマシ」とする向きもあるようですが、本書はそもそも原著版を手に取れる人を想定していないことに大きな特徴があります。

本書は全7章から構成され、うち80ページほどがマンガになっています。全体のページ数は約240ページですから、文章部分は160ページほどに収まっています。
一方で、原著は文章部分が約260ページほどと、単純ページ数の比較で40%ほどのダイエットに成功していることになります。全体の読み味を変えない中で、この文章量に収めたことはすごいことです。

マンガの主人公は「投資やお金に興味のなかった20-30代」で読み手の目線を明確化し、分からない気持ちもフォローしたうえで文章部分のエッセンスを端的にインプットできるようになっています。
こうした構成をもって、マンガ版に寄せた「彼らにも伝えたい」という想いがとてもよく表れていると感じました。

主人公は「投資やお金に興味のなかった20-30代」

先ほども書いた通り、本書の理解を助けるマンガ部分の主人公になっているのは「投資やお金に興味のなかった20-30代」になっています。
これは水瀬さんがメッセージを届けたかった人たちのイメージでもありますが、本書で取り扱う内容にもこうした人たちにこそ必要な内容が多く散りばめられています。中でも大きなメッセージとしては、

  • 投資を始める前に、家計を見直し、生活防衛資金を確保すること
  • インデックス投資においては、長期であることが大きな武器になること

の2点だと感じました。

20-30代、特に入社間もない20代であれば「お金の使い方」をはっきり意識している人が少ないことでしょう。漠然とお金の不安を持っていても特に根拠もなく「1円でも多く貯蓄」しようとしたり、一方でまだ先のことだからと「給料の全てを使ってしまう」人もいるかと思います。

そうした「生まれたばかりの社会人」の頃に、本書に記載があるような生活防衛資金の考えを持ったり、収入/支出のバランスを家計の見直しという形で意識できるようになることは、向こう数十年にわたって役に立ち続けるかけがえのないスキルとなります。

こうしたスキルを1日でも早く意識し、身に着けることと同様に、インデックス投資においてはできる限り長く投資することは非常に効果的であるとされています。
もちろん、遅くなっても投資は可能な範囲で始めるに越したことはないですが、年齢とともにリスク許容度を保守的にせざるを得ないことを含めても、やはり早いほうが有利です。

こうした「早ければ早いほど有利」な2点を身に着けるだけでも大きなメリットが得られますので、主人公がそう描かれていることと同様に、若い人にこそ読むべき一冊に仕上がっていると感じました。

本書では、主人公である花沢ヒナのほかに、幾月ミヤコという後輩の指南役が出てきます。他にもアンチインデックス投資派としての阿久津部長も出てきますが、インデックス投資を指南するミヤコちゃんに著者の水瀬ケンイチさんの姿がどこか重なりました笑

インデックス投資を実践していることはもちろんのこと、お酒が好きだったり、地味だとされるインデックス投資に並々ならぬ情熱を持っていたり…そして投資に関するブログを書いていることなども、読み進めるうちになんとなく水瀬ケンイチさん本人のイメージと重なるところがあります。

水瀬さん曰く、そういう設定ではないとのことですが、作中に「ミヤコちゃんが暴落時のブログにアンチコメントをたくさんもらって心が折れかける」エピソードなんかもありますし、振り返れば好調だった20年の投資をする中でも、リーマンショックやコロナショックはありましたから、「ただ投資を続けただけ」とは言い切れないご苦労があったんだろうと、そのように感じられてしまうミヤコちゃんのキャラ設定でした。

変化するもの・しないもの

このマンガ版が読者に伝えるメッセージは2017年の原著版とほとんど変わりありません。
しかし2017年に出版された原著と2021年に出版された本書の生モノにあたる情報にはいくつかアップデートが見られます。

そのうち、変化するもの・しないものの観点で特徴的だったのが以下の2つです。

オススメファンド情報

原著版、マンガ版ともに各クラスで低コストなファンドがオススメとして挙げられていますが、2017年と2021年ですっかり様変わりしました。

クラス2021年(マンガ版)
[信託報酬]
2017年(原著版)
[信託報酬]
日本eMAXIS Slim 国内株式(TOPIX)
[0.154%]
三井住友・DCつみたてNISA・日本株インデックスファンド
[0.16%]
先進国eMAXIS Slim 先進国株式
[0.1023%]
eMAXIS Slim 先進国株式
[0.19%]
新興国eMAXIS Slim 新興国株式
[0.187%]
<購入・換金手数料なし>ニッセイ新興国株式インデックスファンド
[0.339%]
全世界eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)
[0.1144%]
楽天・全世界株式インデックス・ファンド
[0.2396%]

ファンドとしてはeMAXIS Slim 先進国株式が残っているものの、信託報酬は約半分までコストダウンしていますし、コスト競争がここ5年ほどで一気に進んだことがわかります。

NISA / iDeCo関連情報

もう1つ、時間の流れを受けたのはNISAやiDeCoといった非課税投資ができる制度の内容でした。
原著版が出版された2017年12月にもNISAやiDeCoの存在はあったものの、つみたてNISA(2018年から)はまだ始まっておらず、iDeCoに関してもここ5年ほどで結構いろいろ変化があった制度になりました。

しかし、そうした制度としての変化がありつつも、メッセージ的には驚くほど変化がない点も興味深いところです。

  • つみたてNISAはインデックス投資にピッタリ
  • iDeCoはあくまで年金であることに注意
  • NISAもiDeCoも損得ではなく、「どう自分に活かせるか」で考えよう

前者、オススメファンドの内容は大きく変わりました。
原著版が出版された2017年12月時点ではせいぜい楽天・バンガードシリーズが出たくらいで、低コスト化よりも「米国インデックスにも投資信託で投資できるようになった!」という投資対象の拡がりに向けた動きが大きかったタイミングです。
そこから5年ほどが経つ中で、当時もMSCIコクサイの投資信託をもっていたeMAXIS SlimシリーズがS&P500や全世界株式の投資信託をリリースしたり、楽天・バンガードのSBI版とも言うべきSBI・Vシリーズがリリースされたりと、一気に低コスト化が進みました。

原著版でも「より低コストなファンドが出てきたらどうするか?」への解説がありましたが、その悩みが実際に感じられる5年間だったなと思います。

一方で、後者のNISAやiDeCoについては、新NISAや加入要件拡大などで制度こそ変わっていますが、そうした非課税制度への向き合い方に対するコメントは一切変わっていません。
こうした環境変化に対する受け止め方の変化については、ある意味面白く、考えるべきところがあるように感じられました。

メッセージが変わらないことの意味

本書の内容そのものが原著版と大きく変わらないことは既に書いた通りですが、改めて思い返すと「5年前にまとめた考えが今も変わらない」ことはなかなかできることではありません。

先ほどのオススメファンドの変化はその一端ではありますが、外部環境は自分の心持ちとは無関係に変わっていくからこそ、考えが変わらないということは案外難しいものです。加えて、つみたてNISAやiDeCoの拡大などで世間一般にも着実に投資が浸透していく中で、投資に関する情報も以前に比べて多く聞かれるようになり、日々生きているだけでも考える機会は増えてきています。

それでもなお、15年の集大成として書き上げた『お金は寝かせて増やしなさい』を2021年にマンガ版としてもう一度世に送り出すにあたり、基本的な内容を「変えなくてもよかった」ことが改めてすごいところです。
水瀬さんが日本でも珍しい「インデックス投資を20年続けた人」であり、その水瀬さんをして変えなくてもよいと思えるほどの内容であると、2021年の今改めて太鼓判を押された内容であるのがこの『マンガ お金は寝かせて増やしなさい』を貫くメッセージなんだと思いました。

読者の裾野を拡げる一冊

マンガ版の書評を書くにあたり、改めて原著版を読み返したりもしましたが、このマンガ版をどのように評したものか、少し悩みました。

しかし、双方の内容を振り返り、まえがき/あとがきを読み返す中で、最終的に思い直したのは

本書は『お金は寝かせて増やしなさい』のマンガ版である

という一周回ってそのままの感想でした。

マンガによって主人公のイメージをはっきりさせ、主人公の視点で悩んだり、困ったりする様に対して水瀬ケンイチさんが文章でアドバイスするような一連の読書体験こそが本書の大きなコンセプトであり、「原著以上のことは書いていないし、それ以下のことを書こうともしていない」という、読者の裾野を拡げるためにまっすぐな工夫を加えた一冊なのだと理解しました。

マンガ版というものは、読者にとってのハードルを下げる一方、どうしてもインプットするメッセージ量も減ってしまうのが通常だと思います。
しかし、本書では文字部分を原著比で40%も削減しながら、それでいて原著と同じような読み味を残していることは本当に驚くべきことだと思います。

もちろん、人によっては「それでもまだまだ文字ばっかりじゃん」と思う人もいるかと思いますが、書いている内容に間違いはないので、多少の抵抗感はありつつもぜひ手に取ってほしい一冊だと思いました。

書いたように、マンガ版は「原著版を手に取れない人」をターゲットにしていますが、では活字に抵抗がない人はどちらを読んだほうがいいのか?というのが気になる方もいるでしょう。

私自身、活字に抵抗がなく、それでいて両方を読んだ感想からすると「活字に抵抗がない人でも、より新しいマンガ版を読めばよい」ように思いました。
本全体から得られるメッセージはどちらも同等ですし、情報自体はマンガ版のほうが新しいので、基本的には新しいほうを読めばよいかなという印象です。

ただ、大きな違いとしては原著において結構なページ数を割かれていた「涙と苦労のインデックス投資家15年実践記」が文章としては削られ(?)、1ページ分くらいのコラム扱いになっています。
20年実践の中で大台の1億円に向かう資産推移が出ているので、情報としてはこちらのほうが確かに新しいのですが、15年間の「涙と苦労」が読めない点は実践記部分のファンとしては少し残念でした。そうした水瀬さんのリアルな記憶を覗いてみたい方はぜひ原著版をお求めください。

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まとめ

原著に続き、今回は『マンガ お金は寝かせて増やしなさい』を読んでみました。

現時点で早速本書を手に取って読んでいる人は、元々の原著版から知っていたであろう、「活字にそこまで抵抗がない人」だと思いますが、本書の価値は「原著を手に取れなかった人たち」にこそあり、そこへのアプローチを目指したものだと改めて思います。

そうした人にとっては少し小難しい、「現代ポートフォリオ理論」であるとか「平均回帰性」といったワードもいくらか出てきますが、そうしたワードがすぐには理解できなくても、本書をきっかけとして少しでもお金や投資のことに興味をもち、原点としてまた返ってこれるような一冊だと思いました。

加えて、マンガという取っつきやすいインターフェイスを備えているからこそ、親の本棚でふと本書を見つけた子どもたちが、何の気なしに読むような、日本の金融教育をちょっぴり支える一冊にもなるのではないかと少し期待を持ちました。

改めて、インデックス投資に至る道を一通り学びたい人には最初の一冊として十分オススメできる一冊でした。

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参考記事

こちらは原著版の書評です。言及しているファンド情報が古くなっていることを除けば、今読み返しても十分読む価値のある内容です。

最後に「子どもの金融教育」に触れたりもしましたが、2022年からはいよいよ高校の家庭科に金融教育に類する内容が盛り込まれるようになります。直接的な教材にするのは難しいかもしれませんが、初心者向けながらも学問的な用語がしれっと色々出てくるので、自由研究のような扱いで、副読本のようにも扱えるのではないかと思ったりしました。

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