書評: お金は寝かせて増やしなさい

今でこそ手の届きやすくなった積立によるインデックス投資ですが、一昔前までは今ほど仕組みや制度が充実しておらず、個人投資家には難しい投資方法でした。

しかし、そんな積立インデックス投資に早くから目をつけ、15年にわたって実践してきた水瀬ケンイチさんの投資ストーリーをまとめた本がこちらです。

オススメ対象者

ズバリ言って、この本を特にオススメできるのは

  • 投資に興味を持った若い初学者
  • リスクは抑えたいが、投資活動に手間はかけ続けられない人

のような人たちです。
1点目でわざわざ「若い」としているのは、積立投資の中でも特に長期積立投資を行う関係で、最低限10年ほどの投資期間があることが望ましいためです。

50代を過ぎてくると、株式偏重のポートフォリオではリスクが大きすぎると言えますので、20代や30代の方に特におすすめできる本だと感じました。

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概要

著者の水瀬ケンイチさんは、2002年頃から個別株で投資デビューし、2005年から投資ブログである 梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記) をオープンさせています。

開設以降、平均して月20件ほどのブログ執筆を続け、その集大成としてこの本が2017年に出版されています。
当然、15年にわたる投資経験の中にリーマンショックを含んでいますので、数少ない「日本における長期積立実践者による投資記録」となっています。

それでは、いくつかの切り口で所感を挙げてみます。

積立投資にたどり着くまで

まず冒頭で、こんなエピソードが出てきます。

当時20代後半だった私は、某IT企業の中堅社員。自社製品の販売企画の仕事が正念場を迎えていて、連日、夜遅くまで残業が続いていました。

一方で、私はコンビニで買ったマネー雑誌を読んで、投資に手を出していました。マネー雑誌におすすめと書いてあった会社の株は、理由もわからぬまま値下がりを続けていました。

気になる……気になる……。
仕事をしていても、どうしても株のことが気になってしまいます。いちだんと株価が下がったとき、私はどうにもこうにも恐ろしくなってしまい、上司の目を盗んでトイレにかけこみました。ポケットからケータイを取り出して、証券会社のウェブサイトから株を売却。「まただ。また損をしてしまった…」と暗い気持ちになりました。

プロローグ 私がたどり着いた「寝かせてお金を増やす方法」 より

投資に興味を持ち、まず国内個別株に手を出す方が多いと思いますが、このような経験はなかったでしょうか?
かく言う私も、これとほとんど同じような経験があります。

ファンダメンタルはわからないからテクニカルで、上がっては喜び、下がっては悲しみ、いつか上がると思って塩漬けにし、市場の混乱では同じように混乱する…。

そうした中、著者はインデックス投資の名著であるウォール街のランダム・ウォーカーに出会い、寝かせて増やす方法、すなわち積立投資を志すようになったと冒頭で触れています。

積立投資は確かに、「1年で億万長者に」というような華やかさを持った投資スタイルではありません。
ましてや、積立投資自体が一般的に定着し始めたのはNISAやiDeCoなどの制度が整ってきたここ数年のことですから、積立投資で大成した人は日本を見渡してもなかなか見つかるものではありませんし、この本が淡々と述べるように誰にでもできてしまう投資方法であるために、特許のように持てはやされることもありません。

だからこそ、マネー雑誌からすると刺激が少なく、なかなか取材の対象とはなりません。
マネー雑誌を手に取る読者は、なんとかしてお金を稼ぎたい人ですが、そういう人たちの多くは「インデックス投資信託に積立投資を設定します。あとは20年待ちます。」では読者が喜びませんし、記事の内容が変わり映えしませんよね。

そうした紆余曲折を経て積立投資にたどり着き、「寝かせて増やす」という長期積立投資のスタイルを確立していますが、この冒頭のエピソードに深く共感できるかどうかが、実はこの本に学べるかどうかの大きなポイントのように感じました。

銀行や証券会社を信じてはいけない

そうしたプロローグの最後に、「銀行や証券会社を信じてはいけない」という話が出てきます。

投資をしてこなかった人が投資を志すタイミングは大きく分けて3つあります。

  • 自分の意志で
  • 知人の影響で
  • 金融機関からの声かけで

この3点目がクセモノというわけです。
金融機関は私たちの口座の残高を誰よりも正確に把握しています。そのため、口座残高が一定以上の人に「(お金が余っているようですが)投資に興味はありませんか?」と営業をかけることができるのです。

そして、これがまた厄介なところですが、投資の前提として「自己責任」を嫌というほど念押しされます。投資が自己責任であること自体は正しいのですが、それを逆手にとって「売り逃げ」する金融機関も残念ながら存在します。
ここが構造的な問題ですが、金融機関にとっては「投資商品を売ること」が利益につながる一方で、「悪い商品を売ること」の責任は問われず、買った個人投資家の自己責任で済まされることです。
例えば、一般的な車の販売であれば、車メーカーは「車を売ること」が利益になることは同じですが、「悪い商品を売ること」の責任も問われます。だからこそ、車メーカーは本質的によい車を開発することに注力します。

こうした利益相反の問題に対しては顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)を掲げ、金融庁が改革に取り組んでおり、多くの投資信託から販売手数料がなくなりつつあることなど、少しずつ成果が表れています。

全ての金融機関が投資家の利益を度外視しているとは言いませんが、目先の営業成績のために、利益相反の事実を黙認してきた業界としての不都合を知っておいて損はないでしょう。

はじめやすくなった積立投資

水瀬ケンイチさんが積立投資をはじめた2005年頃は、ネット証券も今ほど充実していませんし、インデックス投資信託もまだまだ成熟していません。
その頃から投資に取り組んできた経験を踏まえ、「はじめやすくなった」ということを述べています。

実際、日本を含めたインデックスファンドの歴史は以前に以下の記事で調べていますが、2005年というのはまだまだ日本では黎明期にあたる時期と言えるでしょう。

購入手数料の撤廃や、信託報酬の引き下げなど、日本のインデックスファンドの新たなステージを切り開いた<購入・換金手数料なしシリーズ>の誕生が2013年、初めて信託報酬の引き下げを行ったのが2015年ですから、インデックスファンドの競争が始まるまで、2005年から10年の期間を待つことになります。

そうしたことを考えると、今では楽天証券 / SBI証券 / マネックス証券などネット証券が切磋琢磨しつつ、インデックスファンドそのものも<購入・換金手数料なしシリーズ>の他にもeMAXIS Slim楽天・バンガードシリーズなど、複数の魅力的なブランドが競っていることは、非常に恵まれた環境にあると言えるでしょう。

さらには、つみたてNISAという積立投資の優遇策や、iDeCo(確定拠出年金)という長期投資を前提とした枠組みの整備が一般的な認知とともになされていることを踏まえれば、ずいぶん積立投資がはじめやすくなったと言えます。

続けることが難しい積立投資

そうしてはじめやすくなった積立投資ですが、最も難しいのは続けることです。

10年や20年のスパンで続けることが成功の前提となる積立投資ですが、その期間中には評価額が50%にもなってしまう経済ショックが存在します。
これまでという意味では2008年のリーマンショックや、現在進行形で2020年のコロナショックに直面しています。

こうしたとき、長期投資の姿勢を崩さず、淡々と積み立てていくことが最も大切なのですが、最もやめるべきではない時に目の前に現実に耐えられず、やめてしまう人がいます。
実際、今回のコロナショックでは3月中旬に一旦の底値をつけていますが、そこに向かう約1ヶ月の中で「やっぱり投資に手を出すんじゃなかった」という初学者の声が多く聞かれました。

そうした意味で、この本では「自分のリスク許容度を知ること」が最も大事だと述べていますね。

人間というのは面白いもので、一度最悪の事態を覚悟してしまうと、逆に心が落ち着いてくるというのです。しかも、あとはその範囲内の出来事ならなんとなくやり過ごせるようになるものです。

インデックス投資でいちばん大切なのは自分のリスク許容度を知ること より

涙と苦労のインデックス投資家15年実践記

この本では、最後の第5章で著者の水瀬ケンイチさん自身が経験した15年をまとめています。
当時の詳しい様子は先に述べたブログ記事として残っていると思いますが、結局のところどうだったかをこれほど簡潔に述べられてはいません。

日本で15年にわたってインデックス投資を続けてきた人は一握りですし、その期間のほどんどでブログを残し、その結果をここまでわかりやすくまとめている方は水瀬ケンイチさんただ一人だと思います。

この第5章だけでも十分この本にお金を払う価値はあると思いますので、ぜひこの本に興味を持たれた方はじっくり、楽しく、自分を重ねながら読んでみることを強くオススメします。

内容は買ってからのお楽しみにするとして、各年のイベントと紐づけたタイトルだけ引用しておきます。投資をしていると、良し悪し含め、「何もなかった年はない」ことがわかりますね。

2004年 ロクなインデックスファンドがなかった時代
2005年 小泉郵政相場で絶好調!
2006年 ライブドア・ショックもなんのその
2007年 サムプライム・ショック? 平気平気
2008年 ガー(;゚Д゚)ーン!! まさかの大暴落!
2009年 まさかのV字回復! キタ―(゚∀゚)―!!
2010年 そしてまたまたギリシャ・ショック
2011年 東日本大震災が列島を襲う
2012年 アベノミクスで元本回復!
2013年 黒田バズーカが火を吹いた
2014年から2016年の安定期
インデックス投資を15年実践してわかったこと

第5章 涙と苦労のインデックス投資家15年実践記 より

まとめ

投資をはじめたいと思っている初学者の印象とは裏腹に、「老後のお金の不安をなくす」程度であれば、実はほとんど労力をかけずに、長期積立投資という時間の力を使うだけでかなりの成功が見込めてしまいます。

そうした印象と違った真実を怪しんで、あるいは華やかな投資成果を求めて様々な投資に手を出し、火傷を負ってしまう人は珍しくありません。
それは仕方のないことかもしれませんが、自分という人間がどういう人かを見定め、適切なリスク許容度で投資にじっくり向き合っていくことをこの本は勧めています。

最初の1冊としてオススメできる一方で、小難しいことが書かれているわけではありませんので、なんとなく腑に落ちないかもしれません。
しかし、様々なことを経験し、失敗し、学んでみると、結果的にこの本の言っていることの正しさが身に染みるように感じます。

流石、15年という経験がこの本に凝縮されているだけのことはあり、投資の勉強を続けていく傍ら、定期的に読み返したい本だと改めて感じました。

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参考記事

長期積立投資と切っても切り離せないのがリーマンショックをはじめとした経済ショックです。
こうした経済ショックにおける行動をどう見通しておくかが積立投資の成否を分けるとも言えますので、こうした観点も考えてみることをおすすめします。

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