世の中には難しいことがたくさんあります。
難解な理論を代表に、「理解することが難しい」といったことが頭に浮かびますが、果たして難しいということはそれが全てなのでしょうか。
今回は難しいものが自分とどういった関係にあるかに着目し、その難しさを掘り下げてみたいと思います。
Contents
「難しい」とは
あまり考えたことはありませんが、辞書で「難しい」とは何かをまず調べてみましょう。
難しい【むずかしい】
goo辞書「難しい」 より
[形][文]むづか・し[シク]《「むずかる(むつかる)」と同語源。「むつかしい」とも》
1 理解や習得がしにくい。複雑でわかりにくい。難解である。「説明が―・い」「―・い文章」⇔易しい。
2 解決するのが困難である。「―・い事件」「―・い注文」「―・い病気」⇔易しい。
3 実現するのが不可能に近い。「生還は―・い」「登頂は―・い」⇔易しい。
4 状況などが込み入っていて、対処するのがやっかいである。「立場が―・くなる」「事態を―・くする」
5 人の扱いがめんどうである。「一緒に仕事をするのに―・い相手」「―・い年頃」
6 好みなどがうるさい。「服装に―・い人」
7 不機嫌である。「―・い顔をする」
全部で7つほどの意味があるようです。
(正確にはあと3つほど古語としての意味がありますが、当然現代のイメージで捉えるので省いてます)
日本語で言ってしまうと「難しい」の1点に尽きますが、英語で捉えてみるとdifficult/hard/complexなどの意味が含まれていますね。
この大まかな意味を足がかりに、難しさの性質についてもう少し考えてみたいと思います。
理解することが難しい
まず、最もメジャーな使用例だと思われるのが「理解することが難しい」パターンです。
この難しさについて、「理解する」という行為を踏まえると、大きく理解と難しさの関係には
- 論理的に理解できるか
- 感情的に理解できるか
の2軸がポイントになります。
この2軸の状態から、物事を分類すると以下4つの理解パターンとなります。
4パターンを色付けしてみましたが、①と④はパターンとしてとても単純です。
わかることと、わからないことがはっきりしているからです。
しかし、「難しい」と表現されるのが②と③のパターンで、例えば以下のようなケースが該当するでしょう。
- ②納得できるけど、わからない
- 「夜のお墓参りがなんだか怖い」ということ
- 様々な経験則
- ③わかるけど、納得できない
- 「科学的に実証されている」ということ
- 様々なパラドックス
こうみるとわかるように、意見対立が生じている際の「感情派の意見」と「理論派の意見」という感じですね。
要するに理解することの難しさは
- 自分の中で論理的/感情的の一方しか理解できていないケース
- 他人との理解パターンに違いがあるケース
という「自分の問題」と「他人との問題」の2パターンに集約されます。
自分の問題である場合には、まず自分が②であるのか③であるのかを認識し、理解できていない点を改めて考えてみることが重要です。
物事に対する認識は必ずしも①や④にたどり着けるものではないため、結局②や③のままかもしれませんが、そのいずれであるのかを認識することはモヤモヤと付き合っていく上では重要なことです。
同様に、他人との問題についても自分と他人の理解パターンをはっきりさせ、一致していない側面について話し合うことが重要です。
よくあるのは「感情的に理解できない」と言っている人に対し、延々と「なぜ論理的に理解できないのか?」と迫ってしまうパターンですね。こうしたアプローチのすれ違いをうまないためにも、意見対立する人との共通認識をどう作っていくかが相互理解に向けたポイントになります。
他人との関係性による難しさ
さらに、もうひとつ難しい例を挙げておくと、同じ内容であるのに「誰が言っているか」によって受け取りが変わってしまうケースです。
何か相手がいたときに、その人との友好性や行動性を踏まえ、その相手が自分にとってどういう存在かを考えると以下のように分類できます。
- 友好性
- 友好的であるか、敵対的であるか
- 行動性
- 独立的であるか、従属的であるか
元々は中世ヨーロッパにおける闘争関係などで考察されたフレームですが、「アンチ」や「信者」などの言葉を使うと現代的にも頭がスッキリするので使ってみました。
なお、この世界観において右下の「敵対的かつ従属的な奴隷」は考えにくいと思うので、分類としては存在しますがあまり気にしなくてよいでしょう。
誰が言っているか、ということ
さて、この分類を念頭に置く場合、難しさの一要素として「誰が言っているか」が大事だということがわかるでしょうか。
例えば、とある事柄について自分の認識が「論理的に理解でき、感情的にも理解できる」ものだったとします。
それと全く同じ内容を、自分にとってアンチの人が言っていたとして、それは依然として「論理的に理解でき、感情的にも理解できる」ものでいられるかどうかということです。
あるいは、自分で以前に考えたことがない事柄を最初に自分にとってのアンチの人たちから主張されたとき、自分の意見を素直に整理できるでしょうか。
こうやって文章で書いてしまうと「自分はそんなことしない」と思うかもしれませんが、人は往々にして情報の受け取り方を上手くすり替えてしまう特性があるため、本当にこうならないためには十分な注意が必要になります。
特にTwitterなどでは文字数制限からどうしても切り取った表現が入ってくることが多くなりますが、不足した部分を先入観に基づいて埋めてしまうなどすると、変な理解になってしまう危険性があるため、とても注意して利用するようにしています。
(といっても何でもかんでも疑って利用するわけではなく、少なくとも自分の意見が間違って伝わらないように細心の注意を払うようにするということですね)
仲間と信者の違い
上記の関係性において、通常意識するのは自分にとって友好的な人たちでしょう。やむを得ないケースはあるとしても、やはりあえて敵対的な人たちと積極的に関係する必要はないと思います。
そうしたとき、「仲間か」「信者か」という話になりますが、この違いを少し考えておきます。
仲間と信者を分けるのは、自分にとって従属的かどうかという点です。
自分の言うことなすことにすべて同調するのは紛れもなく信者ですが、その時々の内容によって賛成したり、反対したり、独立的な姿勢で友好的に関係してくれるのが仲間です。
仲間からは、時として反対を突きつけられることもあるため、短絡的な付き合いやすさは信者の方が上だとは思いますが、やはり本質的には仲間と付き合っていきたいと私は思います。
自分がどんな時も完全に正しく居続けられるなら信者に囲まれてもいいと思いますが、やはりそんなことはないと思いますので、間違っているときは素直に間違っていると言われる関係性を持っておきたいですね。
「難しさ」との付き合い方
ではそういった難しさに直面したときにはどうしたらいいのでしょうか。
直感的に難しさを感じる場面を起点として、順番に対処を考えてみましょう。
理解パターンの理解
トートロジーみたいですが、まずは自分の感じた難しさがどのパターンにあたるのかを理解するようにしましょうということです。
改めて図を再掲すると、
が4つの理解パターンです。
現在感じている違和感はおそらく②か③のいずれかになっていると思いますので、そのどちらにあたるのかをまず理解することが第一歩になるでしょう。
理解パターンのシフト
理解パターンが理解できたら、あとは①か④の理解パターンに落ち着かせるだけです。
- ①に向かう
- ストレートに一番スッキリする
- ④に向かう
- 「自分とは相いれないもの」と位置付けて、それはそれでスッキリする
①に向かうことができればよいのかもしれませんが、必ずしもそういったものが全てではないため、「④に落ち着かせるべきものもある」と思っておくのは意外と大事だと思います。
安易にシフトさせるのも考えもの
難しさ、特に②や③を抱えているときは居心地が悪いものです。
ですから、速やかに①や④に理解をシフトさせて、落ち着きを得たいと思うかもしれません。
しかし、ファーストインプレッションでそういった矛盾のような感覚を持ってしまうのは、自分という人間の個性がよく出ているものとも言えるため、安易に理解をシフトするのももったいないことかもしれません。
もちろん、それが大きなストレス源となっているのであれば、自己防衛のような考えで理解シフトをさせたほうがよいと思いますが、上手く付き合える範囲においては、②や③の中で自分の考えを深めてみるのもいいかもしれません。
まとめ
今回このトピックを掘り下げようと思ったのが、Twitterで日夜繰り広げられる微妙な言い争いを見てのことでした。
当人たちはなかなか分かりあえない難しいところにありますが、第三者の視点からみてみると、「ここの認識違いを除けば、お互い同じようなことを言っているのでは…?」と思うことも少なくありません。
SNSをはじめ、実際に対面せずともコミュニケーションできる手段は多様に存在しますが、どうしても対面するより少ない情報量でやりとりすることとなるため、今回考えたような難しさを十分予感した上でコミュニケーションを取ったほうがよいと個人的には思います。
もちろん、そうやって気張ってコミュニケーションすることだけがSNSの在り方というわけでは全くないのであくまで私の感覚ではありますが、些細なすれ違いで心を痛めることのないよう、自衛の観点で頭の片隅においておきたい内容だと思いました。
参考記事
少し毛色は違いますが、「難しさ」という観点では「人間は利益より損益に過敏に反応する」といったプロスペクト理論の話があります。
これは特に投資をする上での損得勘定に深く関わるため、投資をしようとする人にはぜひ知っておいてほしい内容です。