書評: 私の財産告白

日本最古のマネー本とも言われる、明治~昭和の資産家である本多静六の本です。

内容自体はいたってシンプルですが、そのシンプルなことを徹底して貫いた人の人生からは、その内容に至った重みあるストーリーが感じられます。

オススメ対象者

結局のところ、お金に関してこの本で言っていることは、端的には

  • 収入に関わらず、しっかり貯蓄をしなさい
  • 貯蓄によって得られた原資をもとに、じっくり投資しなさい

ということに尽きます。
この事自体は、さらりと書いてしまえるように、それ以上でもそれ以下でもありません。

しかし、85歳で書かれた本に相応しく、こうした人生の結論とも言えるテクニックと並んで、どうしてそう考えるに至ったのかというストーリーがこの本にはじっくりと書かれています。

単なるテクニックだけでなく、実際にそのテクニックで人生を生きた人の話をしっかり読みたい人にとっては、日本において並ぶもののないほどの名著と言えるでしょう。

概要

お金の貯め方、増やし方についての本を読まれたことはあるでしょうか。

それぞれで様々な考えやアプローチが紹介されていますが、そもそもの収入が違うとか、投資の才能があるとかいう点で、どうにも自分ごととして信じづらいと感じたこともあったかと思います。

この本は、そうした個人に依存する成功要因に関係なく、簡単なルールを徹底して継続することで成果を上げていく方法論を説いています。

それでは、内容を振り返ってみます。

「本当のハナシ」を話さねばならない

この本の冒頭、自序の節は、こんな話から始まります。

しかし、人間も八十五年の甲羅を経たとなると、そうそううそいつわりの世の中に同調ばかりもしていられない。偽善ないし偽悪の面をかなぐりすてて、真実を語り、「本当のハナシ」を話さねばならない。これが世のため、人のためでもあり、またわれわれ老人相応の役目でもあると考える。

ここに私の説くところは、ただ口先や筆先ばかりで人にすすめるものではなく、いずれも自分みずから実行し、実効を挙げたもののみの吹聴であり、物語であって、御説教のための御説教は一言半句もさしはさまれていないつもりである

ここで言う「八十五年」は数え年のことですが、この本の執筆から2年後の1952年に本多静六は85歳で亡くなってしまいます。
まさにそんな人生の幕を下ろすタイミングで、「老人相応の役目」「自分みずから実行し、実効をあげたもののみ」として、この本を書いたことがわかります。

加えて、こうしたお金の話を特に書こうと思ったことについて、次のように述べています。

実をいうと、いかによいことでも、それが自分の実践を基にして、しかも相当の成果を挙げたことを語る場合、なんだか自慢話になってやりにくいものである。ことに財産や金儲けの話になると、在来の社会通念において、いかにも心配事が陋劣であるかのように思われやすいので、本人の口から正直なことがなかなか語りにくいものである。金の世の中に生きて、金に一生苦労しつづける者が多い世の中に、金についての真実を語るものが少ないゆえんもまた実はここにある

それなのに、やはり、財産や金銭についての真実は世渡りの真実を語るに必要欠くべからざるもので、最も大切なこの点をぼんやりさせておいて、いわゆる処世の要訣を説こうとするなぞは、およそ矛盾もはなはだしい。

本多静六は、このように自分の実体験や学びの結果がなんだか自慢話のように聞こえたとしても、お金の苦労が絶えず、人生の中で必要不可欠なものだからこそ、「本当のハナシ」を伝える意義があると述べ、この本をはじめています。

貧乏をやっつける

本多静六のお金に関する具体的な取り組みは、ドイツの大学留学から帰国し、25歳で東京大学の助教授になったところからはじまります。

海外から帰国したところで、高給取りになったと思い込んだ人たちが転がり込み、九人の家族を養うことになり、かえって本多家の生活は苦しくなってしまったことが、お金と真に向き合う人生の始まりでした。

そうしたとき、本多静六は次のように考えます。

こういった同勢九人を抱えての私は、これではいつまでたっても貧乏から脱けられない、貧乏を征服するには、まず貧乏をこちらから進んでやっつけなければならぬと考えた。貧乏に強いられてやむを得ず生活をつめるのではなく、自発的、積極的に勤勉貯蓄をつとめて、逆に貧乏を圧倒するのでなければならぬと考えた。
そこで断然決意して実行に移ったのが、本多式「四分の一天引き貯金法」である。

一、貧乏征伐と本多式貯金法「貧乏征伐の決意」 より

貧乏に圧倒される感覚は誰もが恐れるところだと思いますが、本多静六は実際にその境地に立った上で、「貧乏をこちらから進んでやっつけなければならぬ」と考えています。

ここが本多静六の原点でもあり、本多式「四分の一天引き貯金法」とともに勤勉貯蓄が後の生涯を貫く基本姿勢ともなっていきます。

本多式「四分の一貯金法」

そんな画期的な貯金法ですが、内容はなんてことなく、収入の多寡によらず「収入の25%を天引きで貯金する」ことに尽きます。
ここで、収入とは給料のみならず、貯金による利子も含まれているため、いわゆる複利投資をやっていることになります。

もちろんこれは財産告白のはじまりに過ぎませんが、本多式貯金法の総論として次のようにも述べています。

貯金の問題は、要するに、方法の如何ではなく、実行の如何である

一、貧乏征伐と本多式貯金法「本多式『四分の一』貯金」 より

これはグサッときますね。
まさに本多式貯金法には方法としての難しさは皆無で、その達成を左右することの結局はやるかやらないか、そのことに尽きます。

これができるのであれば、本多静六の人生をなぞる第一歩を踏み出せたと言えますが、その第一歩を実行し、その後の人生において継続し続けることが何よりも問題であるということですね。

そりゃ当然でしょ、とも言いたくなりますが、これを85歳の、それもこの本多式貯金法を60年も継続してきた人が言うのですから、ずっしりと重みがあります。

貧乏を越える

方法として簡単であるとは言え、その実行には困難があります。本多静六自身も、

いくらでもいい、収入があったとき、容赦なくまずその四分の一を天引きにして貯金してしまう。そうして、その余の四分の三で、いっそう苦しい生活を覚悟の上で押し通すことである。これにはもちろん、大いなる決心と勇気が必要である。

一、貧乏征伐と本多式貯金法「貧乏征伐の決意」 より

と述べ、元々の生活費が収入の100%に迫ろうとするからこそ、貧乏への脅威を感じていたというのに、それをいきなり75%にして生活しようとするのだから、そりゃ苦しくて当然ということを認めています。

実際そうした厳しい生活について、給料日前には “ごま塩生活” となり、子どもたちが泣き顔をしていたこともあったようです。
しかし、そんな場面のことも、

私は平気といいつつ、さすがにこれには断腸の思いをした。しかし、私のこの計画は、あくまでもしっかりした理性の上からきている。気の毒だとか、かわいそうだなどということは、単に一時的のことで、しかもツマラヌ感情の問題だ。この際この情に負けてはならぬと歯を食いしばった。

一、貧乏征伐と本多式貯金法「本多式『四分の一』貯金」 より

と切り捨て、強い決意のもと本多式貯金を断行していったことがわかります。

その上で、こういった貧乏体験について、長年の経験を踏まえて次のように述べています。

子供のとき、若い頃に贅沢に育った人は必ず貧乏する。その反対に、早く貧乏を体験した人は必ずあとがよくなる。つまり人間は一生のうちに、早かれ、おそかれ、一度は貧乏生活を通り越さねばならぬのである。だから、どうせ一度は通る貧乏なら、できるだけ一日でも早くこれを通り越すようにしたい。

一、貧乏征伐と本多式貯金法「月給と利子の共稼ぎ」 より

本多式貯金法を始めた直後は、おそらくはある程度の貧乏状態に陥ることになると思います。しかし、結局は余裕のある暮らしに向けて貧乏を通らねばならないのだから、自分で意図して早めに通ったらいいじゃないかということですね。

職業の道楽化

さて、色々引用しましたが実はお金に関する話はほとんどこれで終わりです。

本多式貯金法によって貯めた原資を投資にまわし、その利子や配当などを含めてまた25%貯金し…としていけば自然とお金は増えていくし、そもそもが収入の75%で暮らせているのだから、生活が苦しくなることもないということです。

ではこの本の後半では何を言っているかというと、本多静六が誓った「勤勉貯蓄」のうち、残りの勤勉にあたる部分です。

経済的な自立が強固になるにつれて、勤務のほうにもますます励みがつき、学問と教育の職業を道楽化して、いよいよ面白く、人一倍に働いたものである。

二、金の貯め方・殖やし方「大切な雪達磨の芯」 より

もちろん、経済的な自立を果たすためには、まず貯蓄すべき収入を得るべくして勤勉となる必要はあるものの、そこさえクリアして本多式貯金法によって雪達磨の芯となる原資を得てお金を増やせば、あとはこのようになるということです。

事実、世の中に大富豪と呼ばれる人がいる中でも、一切働かずに遊び呆けているという人は見かけず、まさに道楽として働いているように見えるのはこういったことなのでしょう。

そういった勤勉性をもって仕事に取り組み、仕事を道楽化していくことがお金のみならず人生にとっても有益なことであるというのが、本多静六の辿り着いた「私の財産告白」だということですね。

世間一般に通用する「一般解」

さて、そうした本を読み終えると、最後に経営コンサルタントである岡本吏郎さんによるあとがき解説が入っています。

この中で、こうした財産告白について、近年華やかに語られる起業家たちの「成功物語」と対比して、次のように表現しています。

しかし、これらの成功物語には欠点がある。それは、彼らの生き様は「特殊解」だということだ。世の中には「一般解」と「特殊解」がある。「一般解」は世間一般に通用する。そして、「特殊解」は、応用問題の回答として優れている。しかし、「特殊解」は万人に当てはまるということはない。

本多静六氏の『私の財産告白』は、多くの成功物語とは異なる。そこには、「特殊解」はない。全編で、「一般解」が貫き通されている。

冒頭でも触れたように、本多静六が掲げる “マネーTips” はイマ風に言ってしまえば、

  • 家計を節約して投資力アップ!
  • 投資を続けて複利の力で資産を増やす!

というようなもので、簡単にやることは可能な内容です。
しかし、「それを貫き通したらどんな人生になるのか?」に答えられる、実際にやりきった人の重みある言葉は、イマの世の人にはありません。

そうしたことを踏まえ、次のように解説が締めくくられています。

世の中には誰もが勝てる勝負がある。しかし、ほとんどの人はそういう勝負には参加をしない。本多静六という人が人生で行った勝負は、その「誰もが勝てるが、ほとんどの人がしない勝負」だった。
世の中には、「知識だけの人」が多い。この本は、きっと「知識だけの人」を見破るリトマス試験紙なのだ。

まとめ

近年ではブログやSNSで多くの人がそれらの方法を発信していますが、それを生涯またはそれに近く続けた人はおらず、信憑性再現性に欠けると思う方もいるかもしれません。

そうした信憑性の観点おいて、25歳のときから実行し続けた内容を、85歳のときに振り返りながらまとめたこの本は、十分信じるに値する内容であると思います。

また、再現性についても、本書が出版された1951年から、多くの人に読まれ、今なお高評価を得ている点からも、内容に普遍性があるということの現れでしょう。

「本当の真実というものはいつでも真実らしくない」とも言われる通り、この本の内容には華やかだったり、衝撃的なものはどこにもありません。
しかしそんな、地味で地道な内容こそが、本多静六が死ぬ前に伝えたかった「本当のハナシ」なのであり、真実なのかもしれません。

参考記事

貯蓄が重要であるという話はこちらにも出てきます。
本多式では25%、バビロン式では10%と、程度の差はありつつも、貯金による苦しみを受け入れつつも貯金をはじめるべしという点は同じですね。
他にも通じる話がいくつかあり、対比させてみるのも面白いかもしれません。

あまり本論では触れていませんが、「収入の25%」を貯金するためには、収入がいくらであるかを知る必要がありますし、正しく実行していくためには「支出が75%」であることも知らなければなりません。
そうした意味で、本多静六は家計簿の重要性にも触れていますが、今やキャッシュレス社会の恩恵もあり、ほとんど手を動かさずとも家計簿がつけられてしまうのは本当にありがたいことですね。