「お金を増やしたい」そう思う以上に強いとも感じる、「損をしたくない」という気持ち。そんな気持ちとどのように向き合っていけばよいのか、投資をする上での心構えについて考えてみます。
Contents
投資をする上で最も恐ろしいこと
早速ですが、投資をする上で最も恐ろしいことはなんでしょうか。
現金を手元で抱えてしまうことでしょうか。あるいは、急伸する株価を見て、得られたはずの利益を嘆くことでしょうか。
当然、わかっていながら例示を後回しにしていますが、ごく一部の方を除けば、「損をしたくない」という気持ちが強いと思います。
しかし、一方で投資の原則としてノーリスク&ノーリターンの考え方があります。
リスクなくして、リターンなしということですね。
この原則を信じるとすれば、リターンを得たいとするのであれば、リスクを得てしまうことも当然に許容しなければなりません。
そういった意味で、リターンを得るためには、最も恐ろしいことである「損をするかもしれない」というリスクを受け入れることがまず必要になります。
「損をしたくない」という心理
しかし一方で、損をしたくない心はどうしても抑えようがありません。
そうしたとき、 少なくない人が投資に手を出している一方で、 自分は果たして投資に向いているのだろうか、あるいは自分はその人達と自分はそもそも人種が違うのではないか、そう思う人がいるかもしれません。
しかし、それはいたって普通のことです。
「人間は損を他よりも強く恐れてしまうものである」ということを、経済学者であり、心理学者でもあるダニエル・カーネマンらがプロスペクト理論で説明しています。
カーネマンの実験
カーネマンはプロスペクト理論の着想にもつながる、次のような実験をしています。
いずれも、簡単で、限定的なシチュエーションを被験者に問いかけ、どちらを選ぶかを観察したものです。
簡単な問いかけですので、プロスペクト理論を知るためにも、読みながら直感的に答えてみてください。
実験1:報酬型
以下の選択肢のうち、どちらが好ましいでしょうか。
- A:無条件に100万円が手に入る
- B:コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない
実験2:負債型
200万円の負債を抱えているとしたとき、以下の選択肢のうち、どちらが好ましいでしょうか。
- A:無条件で負債が100万円減額され、100万円の負債が残る
- B:コインを投げ、表が出たら負債が帳消しになるが、裏が出たら負債は変わらない
実験の結果
2つの対比を見て、結果が予想できた方もいるかもしれませんが、結果は次のように報告されています。
- 実験1
- 選択肢Aを選ぶ人が圧倒的に多い
- 実験2
- 実験1で選択肢Aを選んだ人を含め、選択肢Bを選ぶ人が圧倒的に多い
自分の選択はどうだったでしょうか。
実験1に関しては、今現実にその選択肢を提示されたと思えば思うほどAを、同様に実験2に関しては、200万円の負債を思えば思うほどBを選びたくなるのではないでしょうか。
しかし、少し考えてみたらわかるように、実験1と実験2では言っていることは全く同じです。さらには、期待値計算をしてみれば、全ての選択肢において期待値100万円ということがわかります。
にもかかわらず、選択肢は大きく偏りをみせてしまいます。
カーネマンは、この偏りに着目し、考えを深めていきました。
プロスペクト理論
この実験の結果を象徴として、プロスペクト理論が構成されています。
正確な言及は論文本体に譲るとして、ざっくりと言ってしまうと
得をするときには得を確実に得ようと行動し、損をするときにはできる限り損を小さくできるように行動する。
というようなものです。
改めて実験の結果を考えると、実験1でAを選ぶことは得を確実に得るように、実験2でBを選ぶことはできる限り損を小さくするように、それぞれ選択していることがわかります。
このことは、言い換えれば「人間は得よりも損のほうに敏感に、強く反応する」と言うことができます。
改めて実験3を考えてみましょう。次の選択肢ABCは選びたいと思うでしょうか。
- A: コインを投げ、表が出たら150万円が手に入るが、裏が出たら100万円の罰金になる
- B: コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら100万円の罰金になる
- C: コインを投げ、表が出たら250万円が手に入るが、裏が出たら100万円の罰金になる
カーネマンは人がどの程度、得よりも損を重大に見ているかということを、およそ2-2.5倍であると見積もっています。
すなわち、上の選択肢で言えばAを選ぶ人はほとんどおらず、BからCにかけて選ぶ人が増えていくということです。
単純に、損得勘定で考えればAですら期待値はプラスですので、やらない理由はないはずなのですが、100万円の損を過大に捉えてしまうことで、150万円の得では割に合わない、そう考えてしまうのが人間だということを、カーネマンは明らかにしたわけです。
利確と損切の難しさ
このプロスペクト理論の事実は非常に厄介です。
端的に言えば、利確と損切を非常に難しくしているのがこのプロスペクト理論です。
まず、利確をするような状況を考えます。
当然、手持ちの株などに含み益がある状況ではありますが、利確をしようと考えるときにある考えが頭をよぎります。
「これからもっと含み益が増えるとき、それを逃してしまうのではないか」
という考えです。
少し形は違いますが、「得られたはずのものが得られない」ことを損と捉えてしまい、損を少なくするように、利確を先延ばしにしてしまう行為を生んでしまいます。
一方、じゃあ損切は上手くできるのかと言うと、やはりこちらも上手くできません。
損切をしようとしたとき、次のように考えます。
「これからもっと含み損が減るとき、それを逃してしまうのではないか」
というわけです。
この2つを並べてしまえば、いかにおかしな態度をとっているか分かるのですが、特に損を身近に感じていればいるほど、損を避ける可能性があるように行動してしまいます。
投資とどう向き合うか
では実際には、どのように投資と向き合ったらよいのでしょうか。
非常に大まかに言って3通りの方法があります。
強い心を持つ
こう言ってしまうと元も子もないような気がしますが、プロスペクト理論が言うような、非対称な損得勘定ではなく、損得対称な損得勘定をしようということです。
3通りの実験を考えてきましたが、心情的なことを考えず、ただただ数字上の損得だけを考えて選択を行っていくことは、理論的な弱い自分を理解した上で、自分を強くコントロールする1つの考え方であると言えます。
このことを受けてよく言われるのは、「自分の中に投資ルールを作る」ということですね。
- 利確ルールを遵守する
- 損切ルールを遵守する
- 投資先の選定にあたり最低利回り基準を遵守する
- 含み損を抱えている投資先に追加投資はしない
などのことです。
当然、自分でルールを作って遵守することは並大抵のことではありませんが、多くの投資家がプロスペクト理論に基づいて行動する以上、それだけアドバンテージを得ることにもなります。
判断をしない
さて一方で、そのように強い心を持てない、損益が見える局面ではズルズルと自体を悪化させてしまいそうだ、という方もいると思います。
そうした方には、「判断をしない」という向き合い方があります。
どういうことかと言えば、最初の投資ルールだけを決めてしまい、それ以降は基本的に一切手をつけず、短期的な事情によっては判断しないという方法です。
いわゆる「ほったらかし投資」というものです。
リーマンショックの際、ピークから50%以上の株価下落を見せる中で、多くの投資家が損益に耐えかねて脱落していったと言われます。
一方で、その期間に株などを手放さず、かつ継続して積み立てていた人は、今や大きな資産を築いていることでしょう。
こうした対応が判断しない対応の賜物と言えます。
プロスペクト理論には関係なく、「焦って行う判断は、8割方間違っている」なんて話もあるくらいですから、 周囲がバタバタと焦っていても、そういうときにこそ判断をしないということです。
損だと思わない
最後はもう詭弁のようなものですが、理論上は「損だと思わない」ことが強力な向き合い方だと言えます。
プロスペクト理論では「損を過大評価する」ことに着目しています。
つまり、損だと思わなければ、そのような過大評価は受けずに済むわけです。
短期的に含み損に陥ったとしても、長期的に大きな利益を取れると思えば、その現状は何も気にする必要がないわけです。
個別株投資で成功した人の多くが、「自分で予想したシナリオが覆らない限りは、保有し続ける」ということを言ったりしていますが、それはまさに長期的な利益を信じているからこそ、目先の損益に惑わされないと考えることができます。
しかし一方で、「シナリオが覆った」ことを信じないあまり、危惧しているような含み損拡大をかえって大きくしてしまうということも起こり得るため、この向き合い方はある意味、「強い心を持つ」よりもさらに強い心が必要だと言えるかもしれません。
まとめ
今回は、心理学として初めてノーベル賞を受賞したカーネマンのプロスペクト理論を引用しながら、投資とどう向き合うかについて考えてきました。
実際に実験結果からも分かるように、人間というものは損することを特に恐れます。
しかし、それ自体はほとんど避けようがない、人間の普遍性に近いものだと思います。
損を2倍近く強く感じてしまうという話があるからこそ、そういうものであるとしてあまり目先のインパクトに惑わされずに冷静に損得勘定することや、そもそも短期的な損得に目を向けないということは、投資によって必要以上にストレスを抱え込まないためにも必要なことです。
投資と長く付き合っていくためにも、自分なりの投資との向き合い方について、自分の中で作ってみてください。